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> サイバーカスケードに梯子を外される政治家たち
奥崎謙三という人をご存知だろうか?1920年生まれ、太平洋戦争でニューギニア戦線に参加した後、殺人事件を起こしたり、昭和天皇にパチンコ玉を打ち込んだりした難儀なアナーキストだ。 『ゆきゆきて神軍』というドキュメンタリー映画(1987年都内のマニアックなオフシアターで公開)に出演し、当時の人々に鮮烈なショックを与えた。 何しろ映画の内容がすごい。 ニューギニアの部隊で部下を射殺した将校にその確認をするという内容なのだが、そのうち部隊内で飢餓から食人まで行っていた話まで出てくるのだ。 Youtubeでその奥崎謙三の政見放送をみた。 『落選確実の私が借金までしてしょうこりもなく出馬したのは、ここで演説がしたいがためであります・・・。』 テレビの政見放送には自主規制がない。 公共の福祉に反するものとして、差別用語や 表現の自由が完全に達成された世界なのだ。 無知の知という言葉があるが、自分を狂人とみなしている狂人は果たして本当に狂人だろうか。 そんなことを思わせる映像だ。 当時のテレビがかろうじて自主規制を逃れたのがNHKの政見放送のみだが、現在のインターネットでは基本的に管理者が誰もいないため、自主規制をする必要はない。 過激な演説というと、最近では維新政党・新風の瀬戸弘幸があげられるだろう。 ニコニコ動画にあげられた街頭演説の映像をみると、いわゆるネット右翼そのまんまの主張を過激に繰り広げ、インターネットにこそ真実があると語っている。 ネット、特に2ちゃんねるで瀬戸弘幸を応援する声が多く上がったものの、2007年7月29日の参院選では落選している。 私はこの新風・瀬戸弘幸とネットの一連の流れをみて、過去のある政治騒乱を思い出していた。 加藤の乱である。 加藤の乱とは、2000年11月森政権下で失言を繰り返し、支持率が低下した森首相を不信任としようとした加藤紘一を、自民党幹事長を務めていた野中広務らが、必死の工作で切り崩したという話だ。 当時の森内閣は五人組による不透明な政権の誕生、神の国発言、中川秀直官房長官のスキャンダルによる辞任などで、国民の支持率は低迷を続けていた。 加藤紘一がこういった声に突き動かされたのは、主にインターネットからだった。 彼のホームページに届くメールやコメント、そして2ちゃんねるにみられる書き込みが彼を後押ししたという。 だが、加藤の不信任決議案は結局否決され、その後政治の表舞台から消えることを余儀なくされた。 瀬戸弘幸と加藤紘一は政治的な方向性は全く違うが、インターネットの意見に翻弄されたという点では非常によく似ている。 インターネットはその即時性・匿名性からサイバーカスケードという現象をよく起こす。 言論が一方向に加熱し、わっと膨らむ現象だ。 一種のマスヒステリーであり、ブログの炎上や2ちゃんねるの祭りなどもこの一環である。 しかし、サイバーカスケードは燃やし尽くすと実体がなくなっていくという特徴もある。 政治に求められるのは結果だ。結果を出すために、政治家は行動する。 しかし、実際に行動したところで、結果が出なければ煽っていたネットの人々は霞のように姿を消してしまうのである。 加藤紘一は「加藤の乱」の後、全国の支持者にお詫び行脚に行ったそうだ。 そこで感じたのは、 『いわゆるネット族というのは、選挙的には影響力が低い層なんです。』ということらしい。 瀬戸弘幸のほうもブログ荻上式BLOG「■「ニコニコ自演騒動」のさなかに垣間見た「ネット街宣」のすごさ」によると、ニコニコ動画のコメントには少数の人間が大量のコメントを書き込んでいる様があると報告されている。 ネットはロングテールを可視化させた。 マイノリティの存在をしっかりと見せつけた。 しかしリアル社会全体を通してみたその絶対数は少なく、影響力も限定的なものなのではないか。 そんな感じがしている。 by cgarden | 2007-09-15 15:17 | ネットと文化
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